02

目が覚めると郷ひろみの曲が小さく流れていた。
たしか、「哀愁のカサブランカ」という曲だったと思う。
CDからか、ラジオからか、有線か、わからない。
この部屋の持ち主の音楽の趣味は聞いていなかった。
が、飲み屋で昨夜知り合ったばかりの名前もしらない男の部屋で
目覚めるには、ぴったりの曲だな、と思った。

昨夜はずいぶん飲んだ。
そして歌った。
最後に飲んだバーは結局二人の貸しきり状態となり、
しまいには、バーのママもどっかに行ってしまった。
ひとしきり歌って歌い飽き、カウンターで目をつぶると、
小さく有線の演歌が流れているのに気づいた。
歌詞もわからないくらい小さく流れる演歌は
アルコールで膨張した脳に心地よかった。

バーのママは、僕たちを始発までいさせてくれるつもりはないようだった。
男は西新宿に住んでいた。歩いて帰れない距離じゃない。
当然のように、僕は、その飲み屋で知り合った男についていった。

「大学生。」
だという、そいつの住処は、いまどき珍しい木造2階建ての下宿だった。
共同の玄関があって、共同の下駄ばこがあって、共同のトイレがあって、
風呂はないタイプ。築30年は超えているに違いない。
若い学生が住むのにこれほど理想的な場所があるだろうか?

昨夜はなにもなかった。
かなり酔っていたが、意識がなくなるほどではない。
かといって、SEXをするには頭がもう働かなくなっていた。
そうゆう相手だった、、ということだ。

部屋の窓から、新宿の高層ビル群が見えた。
まだ日の出前なのだろう。空は、群青とピンクの混ざったような色をしていた。
高層ビルは黒いシルエットになってあたりを睥睨していた。

不思議な感覚だった。
なにひとつ生産的なことはしていない。
なのに、心は満たされていた。
そして、寂しかった。
心地よい寂しさという感覚。
一瞬前の出来事がセピア色に変わる感覚。

やがて夏の朝らしく、ゆっくりと気温が上昇してきた。
背後で男が目を覚ましたのが分かった。
僕はこれからどうすればこの場面にもっともふさわしいのか、
高層ビルを見つめながら考えていた。