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「父親は普通のサラリーマン。母親は平凡な主婦。公立の幼稚園から公立の中学、高校に通い、大学は私立。卒業後は銀行に就職した。財務分析と不動産権利関係は得意だけど、札勘定はうまくない。趣味はない。というか、趣味というものがよくわからない。ときどき旅行に行き、冬はスキーに行く。ときどき音楽を聴き、ときどき映画を見、ときどき本を読む。・・・退屈じゃない?」
「いや、つづけて、、」
「スーツの色は、ネイビーとダークグレイ、ネクタイはイエローとネイビー、、ねぇ、やっぱりよそう。退屈すぎていやになる、、。」
「僕は退屈じゃないけど、、。」
「とにかく、この話はおわり。」

Sはちょっと不満そうな顔をしたけど、それ以上、ぼくの身の上話をせがんではこなかった。

実際のところ、僕の人生は退屈であって、同時に退屈でなかった。
でも、そんなことはどうでもいいことだった。
Sが僕の人生をどう評価するか、、が問題だった。
そして、もちろん、そんなこと僕にわかるはずもなかった。

Sを手放したのは、結局、Sが僕のどこを気に入ったのかがわからなかったからだ。
今でもわからない。
誰かが僕を好きになる理由は、その誰かにあって僕にはない。
あのころの僕はわからないものをわからないままにしておくことができなかった。